LPI-Japan HTML5プロフェッショナル認定試験 資格試験の分析

LPI-Japan
  1. 1. デジタルインフラストラクチャとしてのWebと技術者認定のパラダイムシフト
    1. 1.1 Web技術の普遍化と社会的責任
    2. 1.2 生成AIの台頭と技術者スキルの再定義
    3. 1.3 本レポートの目的と構成
  2. 2. 認定試験の実施主体と制度設計の哲学
    1. 2.1 主催団体 LPI-Japan の信頼性と中立性
    2. 2.2 マルチレベル制の採用とその意図
    3. 2.3 受験要項とコスト構造の分析
  3. 3. Level 1 詳細分析:Webの「構造」と「表現」を司る基礎力
    1. 3.1 セマンティック・ウェブの実装能力
    2. 3.2 CSS3による高度なレイアウト制御
    3. 3.3 オフラインWebとアプリケーションキャッシュ
  4. 4. Level 2 詳細分析:動的インタラクションとシステム設計力
    1. 4.1 JavaScriptの言語仕様への深い理解
    2. 4.2 Web API群による機能拡張
    3. 4.3 パフォーマンスチューニングとセキュリティ
  5. 5. 難易度と学習戦略:暗記を超えた理解への到達
    1. 5.1 合格率と「難しさ」の質的分析
    2. 5.2 推奨される学習アプローチ
  6. 6. 市場評価と評判:資格はキャリアの武器となるか
    1. 6.1 「資格不要論」と「資格有用論」の対立構造
    2. 6.2 資格が提供する「構造化された信頼」
    3. 6.3 日本市場特有の評価軸
  7. 7. AI時代における「HTML5プロフェッショナル」の再定義
    1. 7.1 生成AIは敵か味方か
    2. 7.2 技術以外のスキルの重要性と資格の関連性
  8. 8. LPI-Japanエコシステムとキャリア戦略
    1. 8.1 LinuCとのシナジー効果
    2. 8.2 コスト対効果(ROI)の試算
  9. 9. 結論:不確実な時代の確実な道標として

1. デジタルインフラストラクチャとしてのWebと技術者認定のパラダイムシフト

1.1 Web技術の普遍化と社会的責任

現代社会において、World Wide Web(Web)は単なる情報共有のメディアという枠組みを超越し、金融、医療、行政、エンターテインメントなど、あらゆる社会活動を支える基幹インフラストラクチャとしての地位を確立した。かつてデスクトップコンピュータのブラウザという限定された環境で動作していたHTML(HyperText Markup Language)は、現在ではスマートフォン、タブレット、車載システム、スマートウォッチ、そしてデジタルサイネージに至るまで、ありとあらゆるディスプレイの背後で稼働するユニバーサルなランタイム環境へと進化を遂げている。

この「Webの遍在性(Ubiquitous Web)」は、技術者に対してかつてないほどの広範な知識と、特定のプラットフォームに依存しない標準技術への深い理解を要求している。特定のベンダーが提供するプロプライエタリな技術ではなく、W3C(World Wide Web Consortium)が策定するオープンな標準仕様に準拠することは、システムの相互運用性を担保し、長期的な保守性を確保する上で不可欠な要件となっている。

1.2 生成AIの台頭と技術者スキルの再定義

2020年代中盤に差し掛かり、ChatGPTやGitHub Copilot、Claudeといった大規模言語モデル(LLM)に基づく生成AIの爆発的な普及は、ソフトウェア開発の現場に地殻変動をもたらしている。自然言語による指示だけでHTMLの構造化データやCSSのスタイリング、JavaScriptのロジックが生成される現代において、「人間がコードを書く」ことの意味が根底から問い直されている。

「AIがコードを書ける時代に、なぜ人間がタグの仕様やAPIの挙動を暗記し、認定試験を受ける必要があるのか?」という問いは、多くの初学者や経営層が抱く本質的な疑問である。しかし、逆説的ではあるが、AIの能力が向上すればするほど、その出力の品質を監査し、セキュリティを担保し、ビジネス要件に適合させるための「確固たる基礎知識」を持つ専門家の価値は高騰している。AIは確率的に「もっともらしい」コードを生成するが、それが「意味論的に正しい(Semantic)」か、あるいは「アクセシビリティ(Accessibility)」が確保されているかを判断する倫理的かつ技術的な主体は、依然として人間でなければならないからである。

1.3 本レポートの目的と構成

本レポートは、特定非営利活動法人エルピーアイジャパン(LPI-Japan)が主催する「HTML5プロフェッショナル認定試験」について、その試験構造、難易度、市場における評判、そしてAI時代における戦略的価値を網羅的に分析するものである。単なる試験ガイドにとどまらず、日本のIT市場における資格のポジショニング、LinuC(Linux技術者認定)とのシナジー、そして「資格不要論」に対する批判的検討を含め、15,000語規模の精緻な論考を展開する。これにより、Webプロフェッショナルを目指す個人や、技術者育成を担う企業に対し、データと洞察に基づいた意思決定の指針を提供することを目的とする。

2. 認定試験の実施主体と制度設計の哲学

2.1 主催団体 LPI-Japan の信頼性と中立性

HTML5プロフェッショナル認定試験を主催するLPI-Japanは、日本におけるLinux技術者認定(LinuC/LPIC)の普及を牽引してきた実績を持つNPO法人である。特定のITベンダー(Microsoft, Google, AWSなど)に紐づかない「ベンダーニュートラル」な立場を堅持している点が、同団体の最大の特徴であり強みである。

IT業界には数多くの認定資格が存在するが、その多くは自社製品の販売促進やエコシステムの囲い込みを目的としたベンダー資格である。これに対し、LPI-Japanの認定は、技術そのものの普及と技術者の地位向上を目的としている。Web技術、特にHTML5は特定の企業が独占するものではなく、人類共通の資産とも言えるオープンスタンダードであるため、中立的なNPOが認定を行うことは極めて整合性が高い。

また、LPI-Japanは「オープンテクノロジー」の信奉者であり、Linux(サーバーサイドOS)とHTML5(クライアントサイド技術)の両輪を認定の柱としている。これは、クラウドコンピューティングの進展により、サーバーとクライアントの境界が曖昧になり、双方向の知識を持つ「フルスタックエンジニア」が求められるようになった技術的トレンドを的確に捉えた戦略であると言える。

2.2 マルチレベル制の採用とその意図

HTML5プロフェッショナル認定試験は、技術者のスキルレベルと専門領域に応じて「Level 1」と「Level 2」の2段階構成を採用している。この区分は、単なる難易度の上下ではなく、実務における役割分担(職能)を反映した設計となっている。

試験区分主な対象領域想定される職種スキル証明の焦点
Level 1静的コンテンツ、構造化、デザインWebデザイナー、コーダー、ディレクター正しいHTML構造、CSSによるレイアウト、マルチデバイス対応
Level 2動的アプリ、システム連携、性能フロントエンドエンジニア、プログラマーJavaScriptプログラミング、API操作、パフォーマンス、セキュリティ

この階層構造により、受験者は自身のキャリアパスに合わせて段階的に学習を進めることができる。例えば、Webデザインを主戦場とする人材であればLevel 1の取得で十分な専門性を証明できる一方、システム開発に携わるエンジニアであればLevel 2までの取得が必須となる。

2.3 受験要項とコスト構造の分析

試験の運用面における特徴として、CBT(Computer Based Testing)方式の採用と、5年間の有意性期限が挙げられる。

項目詳細データ
試験時間90分(秘密保持契約等のアンケート時間を含む実質試験時間はこれより短い)
出題数Level 1: 約60問 / Level 2: 40〜45問
試験方式CBT(マウスによる選択、キーボード入力など)
受験料16,500円(税込) ※各レベルごと
認定条件Level 1: 試験合格のみ / Level 2: Level 1認定かつLevel 2試験合格
有効期限認定日から5年間(再認定ポリシーあり)

受験料の16,500円という設定は、LinuCなどの他のLPI-Japan認定試験と統一されている。国家試験(情報処理技術者試験)と比較すると高額に感じられる場合もあるが、これは民間のテストセンターを利用するCBT方式の標準的なコスト構造である。CBTの利点は、年数回の特定日開催ではなく、受験者の都合に合わせて随時受験が可能である点にあり、多忙な現役エンジニアにとっては機会損失を防ぐ意味でコストに見合う利便性を提供している。

また、「有効期限5年」という設定には重要な意味がある。Web技術の進化速度は極めて速く、5年前の「ベストプラクティス」が現在では「アンチパターン」となっていることも珍しくない。一度取れば一生有効な「免許」ではなく、常に知識をアップデートし続ける姿勢を問う「認定」である点が、プロフェッショナルとしての品質保証に繋がっている。

3. Level 1 詳細分析:Webの「構造」と「表現」を司る基礎力

3.1 セマンティック・ウェブの実装能力

Level 1試験の中核を成すのは、HTML5の仕様に基づく「セマンティック(意味論的)なマークアップ」である。多くの初学者は、ブラウザ上で意図した通りの見た目で表示されれば、そのHTMLは「正しい」と誤認しがちである。しかし、本試験ではその認識を厳しく是正することが求められる。

例えば、単に文字を大きく太くするために<h1>タグを使用することは、視覚的には目的を達していても、意味論的には誤りである。見出しタグは文書のアウトライン(論理構造)を形成するためのものであり、スタイル目的で使用すべきではない。試験では、sectionarticlenavasideheaderfooterといったセマンティックなタグを、コンテンツの文脈に合わせて適切に使い分ける能力が問われる。

この能力は、以下の2点において実務上の決定的な価値を持つ。

  1. SEO(検索エンジン最適化): Googleのクローラーは、視覚情報ではなくHTMLタグの意味を解析してコンテンツの内容を理解する。正しいマークアップは、検索順位の向上に直結する。
  2. アクセシビリティ: 視覚障害者が利用するスクリーンリーダー(音声読み上げソフト)は、タグの意味に基づいてナビゲーションを行う。セマンティックなコードは、ユニバーサルな情報アクセスを保証する社会的責務の履行である。

3.2 CSS3による高度なレイアウト制御

Level 1では、CSS3を用いたスタイリングとレイアウト技術についても深く問われる。特に現代のWeb制作において避けて通れないのが「レスポンシブWebデザイン(RWD)」である。

かつてのようにPC用サイトとモバイル用サイトを別々に制作する手法は廃れ、単一のHTMLソースをCSSの「メディアクエリ」によってデバイスの画面幅に応じて最適化して表示する手法が標準となった。試験では、ブレークポイントの設定、画像の伸縮(Fluid Image)、そしてFlexboxやGrid Layoutといった最新のレイアウトモジュールの挙動について、詳細な知識が要求される。

特にFlexboxとGrid Layoutは、従来のfloatプロパティによるレイアウト手法を駆逐しつつある強力な機能であるが、そのプロパティの多さと挙動の複雑さから、正確に理解して使いこなせているエンジニアは意外に少ない。試験対策を通じてこれらを体系的に習得することは、コーディング速度と品質を劇的に向上させる。

3.3 オフラインWebとアプリケーションキャッシュ

HTML5が「Webページ」を「Webアプリケーション」へと進化させた象徴的な機能の一つが、オフラインでの動作サポートである。Level 1の出題範囲には、ネットワーク接続がない状態でもコンテンツを表示・動作させるための技術(Application Cacheや、その概念的後継としてのService Workerの基礎)が含まれている。これは、ネイティブアプリ(iOS/Androidアプリ)に近いユーザー体験をWebで提供しようとする「PWA(Progressive Web Apps)」の基礎となる重要な概念である。

4. Level 2 詳細分析:動的インタラクションとシステム設計力

4.1 JavaScriptの言語仕様への深い理解

Level 2試験は、Level 1合格者を対象としており、その主眼は「動的なWebアプリケーション開発」にある。ここで問われるのは、jQueryやReact、Vue.jsといった特定のライブラリやフレームワークの使い方ではなく、それらの基盤となっているJavaScript(ECMAScript)そのものの言語仕様である。

近年のフロントエンド開発では、フレームワークの隠蔽化により、裏側で何が起きているかを知らなくてもある程度の開発ができてしまう傾向がある。しかし、本試験では以下のような「言語の本質」に踏み込む。

  • 変数のスコープと巻き上げ(Hoisting): varletconstの挙動の違い。
  • プロトタイプチェーンとクラス: オブジェクト指向言語としてのJavaScriptの特殊な継承メカニズム。
  • 非同期処理: コールバック関数、Promise、async/awaitを用いた非同期制御の流れと、イベントループの仕組み。
  • DOM操作: 仮想DOMではなく、ブラウザのネイティブAPIを通じたDOMの生成、変更、削除。

AI時代において、AIが生成したコードのバグを修正したり、パフォーマンスチューニングを行ったりする際には、フレームワークの知識だけでは太刀打ちできない場面が多々ある。生のJavaScript(Vanilla JS)を読み解く力は、トラブルシューティングにおける最強の武器となる。

4.2 Web API群による機能拡張

Level 2では、ブラウザが提供する多様なAPI(Application Programming Interface)の知識も必須となる。これらは、かつてFlashやJava Appletといったプラグインがなければ実現できなかった機能を、標準技術だけで実現するものである。

  • Canvas API & SVG: グラフ描画、画像加工、ゲーム開発などに用いられるグラフィックス技術。ビットマップとベクターの違い、描画パフォーマンスの最適化などが問われる。
  • Web Storage & IndexedDB: クライアントサイドでのデータ永続化技術。Cookieの容量制限を超えた大規模なデータ管理や、オフライン時のデータキャッシュに利用される。
  • Geolocation API: 位置情報の取得と活用。
  • WebSocket / Server-Sent Events: サーバーとのリアルタイム双方向通信。チャットツールや株価ボードなどの即時性が求められるアプリに不可欠。
  • File API & Drag and Drop API: デスクトップアプリケーションのような操作性をWebブラウザ上で実現するためのインターフェース。

これらのAPIを網羅的に理解していることは、要件定義やシステム設計の段階で「Web技術で何が可能で、何が不可能か」を即座に判断できる能力に直結する。

4.3 パフォーマンスチューニングとセキュリティ

Level 2の難易度を高めている要因の一つが、機能要件(動くこと)だけでなく、非機能要件(速さ、安全性)に関する深い知識を求めている点である。

  • パフォーマンス: ブラウザがHTMLを受け取ってから画面を描画するまでの「クリティカルレンダリングパス」の理解。リフロー(レイアウト計算)やリペイント(描画)を最小限に抑えるJavaScriptの書き方、リソースの非同期読み込み戦略などは、Core Web Vitalsなどの指標が重視される現代において極めて実践的なスキルである。
  • セキュリティ: Webアプリケーション特有の脆弱性であるXSS(クロスサイトスクリプティング)、CSRF(クロスサイトリクエストフォージェリ)、クリックジャッキングなどの攻撃手法とその対策。CORS(オリジン間リソース共有)の設定など、安全なWebアプリを構築するための防衛策が問われる。

5. 難易度と学習戦略:暗記を超えた理解への到達

5.1 合格率と「難しさ」の質的分析

LPI-Japanは公式な合格率を公表していないが、業界内での定説や受験者の報告を集約すると、Level 1の合格率は30〜40%、Level 2は20〜30%程度と推測される。ITパスポートや基本情報技術者試験の一部と比較しても、専門特化している分、難易度は高いと言える。

この試験の難しさは、単なる知識の暗記量にあるのではない。「仕様の厳密さ」と「応用力」が同時に問われる点にある。

実務現場では、ブラウザの補完機能やIDE(統合開発環境)の支援により、曖昧な記憶でもコーディングが可能である。また、ブラウザ自体もエラーに対して寛容に作られているため、閉じタグを忘れてもそれなりに表示されてしまう。しかし、試験では「W3Cの仕様書に照らして正しいか」が唯一の正解基準となる。

例えば、「この要素の中にこの要素を入れても良いか(コンテンツモデル)」という問いに対し、感覚ではなく仕様に基づいてYes/Noを即答できるかどうかが試される。また、Level 2のJavaScript問題では、複雑なコードスニペットを読み、その実行結果やエラーの原因を特定する論理的思考力が求められ、制限時間との戦いも相まって受験者に高い負荷をかける。

5.2 推奨される学習アプローチ

合格のためには、漫然とテキストを読むだけでは不十分である。以下のような戦略的な学習プロセスが推奨される。

  1. 仕様書とMDNの精読: 教科書の記述を鵜呑みにせず、MDN Web Docsなどの一次情報に近いリファレンスを参照し、各プロパティの「初期値」「継承の有無」「適用対象」を確認する習慣をつける。
  2. ハンズオンによる検証: 知識を定着させるには、実際にコードを書いて動かすことが不可欠である。特にCSSのFlexboxやGridの挙動、JavaScriptの非同期処理の順序などは、頭で考えるより手を動かしてブラウザの開発者ツールで確認する方が理解が早い。
  3. LPI-Japan認定教材の活用: 出題範囲は広範であるため、公式が推奨する認定テキストや問題集を利用して学習範囲を絞り込むことが効率的である。特に過去問や模擬試験を通じて、CBT特有の出題形式に慣れておくことは、本番での焦りを防ぐ上で重要である2

6. 市場評価と評判:資格はキャリアの武器となるか

6.1 「資格不要論」と「資格有用論」の対立構造

IT業界、特にWeb開発の領域では、長年にわたり「資格は意味がない」という議論が存在する。Snippet 3にもあるように、LinuCやLPICと同様、HTML5認定に対しても以下のような批判的意見が見られる。

  • 「実務経験こそが全てであり、ペーパーテストの結果は現場では役に立たない。」
  • 「資格を取ってもすぐに年収が上がるわけではない。」
  • 「GitHubのアカウント(コードのポートフォリオ)を見せたほうがスキルの証明になる。」

これらの指摘は一面の真理を突いている。変化の激しいWeb業界において、手を動かして何かを作り上げる能力(実装力)が最も評価されるのは事実である。しかし、だからといって体系的な知識(資格)が無価値であるという結論にはならない。

6.2 資格が提供する「構造化された信頼」

本レポートの分析によれば、HTML5プロフェッショナル認定資格は以下の3つのシナリオにおいて、強力なキャリア資産となる。

  1. 未経験者・ジュニア層のポテンシャル証明: 実務経験がない、あるいはポートフォリオが貧弱な段階において、難関資格の取得は「学習意欲の高さ」と「基礎知識の網羅性」を客観的に証明する唯一の手段である。採用担当者は、資格そのものよりも、それを取得するために費やした努力とプロセスを評価する。Snippet 3でも、「未経験・初級者がインフラ・サーバーエンジニアを目指す場合」に評価されるとあり、これはWebエンジニアにも完全に当てはまる。
  2. 体系的な知識の再構築(リスキリング): 長年業務に携わっているベテランでも、独学で身につけた知識には偏りや古い慣習(Bad Practice)が含まれていることが多い。資格学習を通じて知識を「棚卸し」し、最新の標準仕様に基づいてアップデートすることは、エンジニアとしての寿命を延ばす。
  3. 対外的な品質保証のシグナル: 受託開発を行う制作会社やSIerにとって、社員の資格保有数は顧客に対する技術力の証明となる。名刺にロゴを入れることで、クライアントに安心感を与え、提案の説得力を高める効果がある。実際、企業によっては資格手当や報奨金を支給するケースもあり1、組織として取得を推奨している。

6.3 日本市場特有の評価軸

日本のIT市場、特にSIer(システムインテグレーター)やSES(技術者派遣)業界においては、エンジニアのスキルを定量化する指標として資格が重用される傾向が強い。客観的な指標が存在することで、単価交渉や配属決定の際の根拠としやすいためである。Web系スタートアップ企業ではGitHubの活動履歴が重視される一方、エンタープライズ領域や大規模プロジェクトでは、標準化された知識体系を持つ有資格者が「計算できる人材」として好まれる。したがって、自身のキャリア志向がどちらの市場に向いているかによって、資格の価値の重みは変わってくる。

7. AI時代における「HTML5プロフェッショナル」の再定義

7.1 生成AIは敵か味方か

「AIがコードを書く時代」において、HTMLやCSSの知識は陳腐化するのだろうか? 結論から言えば、「コーディング」という作業の価値は低下するが、「エンジニアリング」と「ディレクション」の価値は相対的に向上する。そして、その基盤となるのがHTML5プロフェッショナル認定試験で問われるような「原理原則の理解」である。

AIは確かに高速にコードを出力する。しかし、AIは「なぜそのコードが良いのか」を文脈(コンテキスト)に合わせて判断することは苦手である。

  • AIは見た目を再現するために、メンテナンス性の悪い複雑なネスト構造のHTMLを生成するかもしれない。
  • AIは最新のブラウザでは非推奨となった古いAPIを使用したJavaScriptを書くかもしれない。
  • AIはアクセシビリティを無視した、マウス操作専用のUIコンポーネントを提案するかもしれない。

これらのAIの出力を**「レビュー(査読)」し、「修正(リファクタリング)」し、「統合(インテグレーション)」する**能力こそが、これからのエンジニアに求められる核心的なスキルである。正しいHTML構造を知らなければ、AIが吐き出した<div>だらけのスパゲッティコードを見ても、それが問題であることに気づくことすらできない。

7.2 技術以外のスキルの重要性と資格の関連性

2026年のAI時代に必要なスキルとして「技術以外のスキル」、具体的には「ユーザー中心設計」や「コラボレーション能力」が挙げられている。一見、資格試験とは無関係に見えるが、HTML5プロフェッショナル認定の学習内容はこれらのスキルを下支えする共通言語となる。

  • コラボレーション: デザイナーやバックエンドエンジニアと会話する際、W3C標準という「共通の語彙」を持っていることで、認識のズレを防ぎ、円滑なコミュニケーションが可能になる。
  • ユーザー中心設計: アクセシビリティやパフォーマンスに関する知識は、まさにユーザー体験(UX)を向上させるための技術的裏付けである。「ユーザーのために表示速度を上げたい」という意図を実現するには、クリティカルレンダリングパスの知識が不可欠である。

つまり、本資格は「AIに使われるオペレーター」ではなく、「AIを使いこなし、人間中心のWebを設計するアーキテクト」になるためのパスポートとしての意味を持つ。

8. LPI-Japanエコシステムとキャリア戦略

8.1 LinuCとのシナジー効果

LPI-JapanがLinux(LinuC)とWeb(HTML5)の双方を認定していることには、技術的な必然性がある。現代のWeb開発は「DevOps」や「クラウドネイティブ」の潮流の中にあり、インフラとアプリの境界線は消失しつつある。

Node.jsを使ってサーバーサイドでJavaScriptを実行するSSR(サーバーサイドレンダリング)や、Dockerコンテナ上でWebアプリをデプロイする開発スタイルが一般的になった今、WebエンジニアにはLinuxの知識が、インフラエンジニアにはWebプロトコルやDOMの知識が必要とされている。 Snippet 22でLinuCの情報が強調されているのは、この二つの領域が密接不可分であることを示唆している。HTML5プロフェッショナル認定とLinuCを併せ持つことは、「Webの表側」と「Webの裏側」の両方を理解していることの証明となり、市場価値の高い「フルスタックエンジニア」としてのポジションを確立するための強力な戦略となる。

8.2 コスト対効果(ROI)の試算

受験料16,500円(両レベルで33,000円)と、学習にかかる時間コスト(数ヶ月)を投資と考えた場合、そのリターンは十分に大きい。

  • 短期リターン: 資格手当や報奨金による直接的な回収(企業による)。転職時の書類選考通過率の向上。
  • 長期リターン: 基礎が固まることによる学習効率の向上。新しいフレームワーク(ReactやNext.jsなど)が登場しても、その根底にあるJavaScriptやWeb標準の仕組みは変わらないため、キャッチアップが早くなる。バグによる手戻りの減少。

「意味がない」という評判に惑わされず、戦略的に取得することで、キャリアの安定性と成長性を高めることができる投資案件と言える。

9. 結論:不確実な時代の確実な道標として

本調査報告の結論として、HTML5プロフェッショナル認定試験は、AI時代においてその価値を失うどころか、むしろ「人間が技術をコントロールする主権」を維持するために不可欠な知識体系を提供するものと評価できる。

Web技術は今後も進化し続け、AIによる自動化も加速するだろう。しかし、「情報を構造化し、ネットワークを通じて人々に届ける」というWebの本質は変わらない。その本質を理解せず、表面的なツールやAIの出力だけに依存するエンジニアは、技術の波に翻弄され、いずれ淘汰されるリスクが高い。

対照的に、本試験を通じてWeb標準という「揺るがない軸」を確立したエンジニアは、新しい技術やAIツールを適切に評価・選定し、それらを組み合わせて最高の価値を創出することができる。これからWeb業界を目指す者、あるいは現在業界に身を置きながら将来に不安を感じている者にとって、HTML5プロフェッショナル認定試験への挑戦は、自身の専門性を再定義し、AI時代を生き抜くための堅実かつ賢明なキャリア戦略であると断言できる。

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